退職代行を使ったことだけを理由に、損害賠償が認められるわけではありません。ただし、退職の方法や時期、無断欠勤、会社の物の返却、秘密保持義務違反などによって、実際に損害賠償を請求される可能性はあります。
会社から請求を受けたら、まずは請求の根拠と金額を確認し、すぐに支払ったり、責任を認める書面に署名したりしないでください。内容証明郵便や裁判所からの書類が届いた場合は、早めに弁護士へ相談することが重要です。
退職代行を利用しただけで損害賠償になるわけではない
損害賠償が認められるには、一般に、従業員側の義務違反や故意・過失、会社に発生した具体的な損害、その行為と損害との因果関係などが問題になります。
そのため、会社から「退職代行を使ったから損害賠償を払え」と言われても、請求された金額をそのまま支払う必要があるとは限りません。請求書が届いたことと、裁判などで賠償責任が確定したことは別です。
期間の定めがない雇用契約では、法律上、一定の期間を置いて退職を申し入れる仕組みが定められています。民法上のルールや就業規則の内容、実際の退職日によって判断が変わるため、「退職代行を使ったか」だけで結論は決まりません。民法
会社が損害賠償を請求する主なケース
次のような事情がある場合は、退職代行の利用とは別に、会社が損害の発生を主張することがあります。ただし、これらに該当すれば必ず賠償責任が認められるという意味ではありません。
- 契約期間の途中で、正当な理由なく期間の定めのある雇用契約を一方的に終了した
- 退職日までの間に無断欠勤を続け、業務に具体的な損害を発生させた
- 会社のパソコン、制服、鍵、書類、顧客情報などを返却しない
- 会社の機密情報や個人情報を持ち出した、または第三者へ漏らした
- 退職前後に、故意または重大な過失によって会社の設備やデータを壊した
- 競業避止義務や秘密保持義務など、契約上の義務に違反した
一方で、「引き継ぎが十分でなかった」「急に辞められて困った」といった事情だけで、会社が自由に金額を決めて請求できるわけではありません。損害の内容、金額、発生原因を具体的に説明できるかが問題になります。
違約金をあらかじめ決めていても、そのまま有効とは限らない
就業規則や誓約書に「退職したら○万円を支払う」「引き継ぎをしなければ違約金を払う」と書かれていても、その条項だけで当然に支払い義務が確定するとは限りません。
労働基準法は、労働契約の不履行について、あらかじめ違約金を定めたり、損害賠償額を予定したりする契約を禁止しています。もっとも、労働者の故意や過失によって現実に損害が生じた場合の賠償責任まで、すべて否定する規定ではありません。労働基準法
したがって、会社が「規則に金額が書いてあるから必ず払え」と主張している場合でも、条項の内容、作られた目的、実際の損害の有無を確認する必要があります。
損害賠償を請求されたときの対応手順
1. 請求の方法と期限を確認する
まず、何が届いたのかを確認します。電話やメールによる通知なのか、内容証明郵便なのか、裁判所からの「訴状」や「支払督促」なのかによって、対応の緊急性が異なります。
- 請求書、メール、SMS、録音などを保存する
- 支払期限と請求金額を確認する
- 損害の内容、発生日、計算方法が書かれているか確認する
- 裁判所名、事件番号、提出期限が記載された書類は特に注意する
封筒を開封せず放置すると、重要な期限を過ぎるおそれがあります。裁判所から届いた書類は、封筒も含めて保管してください。
2. すぐに支払わず、責任を認める発言を控える
請求内容を十分に確認する前に、「全額払います」「私の責任です」と返信したり、分割払いの合意書に署名したりするのは避けてください。後から請求の根拠や金額を争いにくくなる可能性があります。
連絡が必要な場合は、長い説明や感情的な反論をせず、「請求内容を確認したうえで、必要に応じて専門家へ相談します」といった簡潔な回答にとどめる方法があります。具体的な返信文は、請求書の内容を見た弁護士に確認すると安全です。
3. 退職の経緯と証拠を整理する
弁護士へ相談する前に、次の資料を時系列でまとめておくと、事実関係を確認しやすくなります。
- 雇用契約書、労働条件通知書、就業規則
- 退職代行業者へ依頼した日と依頼内容
- 退職代行業者と会社とのやり取り
- 会社へ伝えた退職日や有給休暇の希望
- 欠勤、引き継ぎ、会社備品の返却に関する記録
- 会社から届いた請求書、メール、内容証明郵便
- 給与明細や、会社から控除された金額が分かる資料
退職代行業者との契約書やメッセージも削除せず保存してください。業者が会社へどのような内容を伝えたのかを確認する資料になります。
4. 早めに弁護士へ相談する
損害賠償請求の当否や、会社への回答内容を具体的に判断するには、雇用契約、退職日、欠勤状況、損害の内容を個別に確認する必要があります。特に、内容証明郵便、訴状、支払督促が届いた場合は、労働問題や民事紛争を扱う弁護士へ早めに相談してください。
退職代行業者が弁護士ではない場合、会社との間で損害賠償額を交渉したり、法律上の代理人として対応したりできる範囲には制限があります。退職の意思を伝えることと、損害賠償請求を法的に交渉することは別の問題です。
裁判所から書類が届いた場合は無視しない
会社からの請求書であれば、内容を確認してから対応を検討できます。しかし、裁判所から訴状や支払督促が届いた場合は、決められた期限内の対応が必要です。
訴状を放置すると、反論していないと扱われ、会社の主張を前提とした判決が出る可能性があります。支払督促も、内容に異議がある場合は、書類に記載された期間内に異議を申し立てる必要があります。
裁判所の書類に書かれた期限は、退職代行業者への相談だけで済ませず、書類を持って弁護士に確認してください。期限が迫っている場合は、相談予約を待つのではなく、期限と事件番号を伝えて緊急で対応できるか尋ねます。
会社から給与や有給休暇分を一方的に差し引かれた場合
会社が損害賠償を主張していても、給与から一方的に差し引いてよいとは限りません。賃金には全額払いなどのルールがあり、損害賠償請求があることと、会社が自由に給与と相殺できることは別に判断されます。労働基準法
給与から差し引かれた場合は、給与明細、会社の説明、雇用契約書、請求書を保存し、労働基準監督署や弁護士などに相談してください。ただし、労働基準監督署がすべての損害賠償問題を解決するとは限らないため、賃金の未払いと損害賠償の争いを分けて相談する必要があります。
退職代行業者にも確認しておきたいこと
退職代行業者には、会社へ伝えた内容と伝達日を確認します。特に、退職日、有給休暇の扱い、貸与品の返却、私物の引き取り、会社からの連絡先について記録を残してください。
ただし、会社からの損害賠償請求について、非弁護士の業者に「いくらなら払うか」「請求を取り下げてほしい」といった交渉を任せることには注意が必要です。損害賠償請求への法的な反論や和解交渉が必要な場合は、弁護士への相談を優先します。
状況別の判断ポイント
| 状況 | 対応のポイント |
|---|---|
| 電話やメールで支払いを求められた | 請求の根拠、損害額、支払期限を確認し、すぐに支払いや責任の承認をしない |
| 内容証明郵便が届いた | 内容証明は請求内容を証明する郵便であり、直ちに支払義務が確定するものではない。書面を保存して弁護士へ相談する |
| 会社の備品を返していない | 返却方法を記録に残して速やかに返す。返却できない場合は、紛失や破損の状況を説明する |
| 裁判所から訴状が届いた | 答弁書などの期限を確認し、期限前に弁護士へ相談する |
| 支払督促が届いた | 異議申立ての期限を確認し、争う場合は速やかに手続きする |
| 給与から損害額を差し引かれた | 給与明細と会社の説明を保存し、賃金の扱いを含めて相談する |
まず行うべきこと
退職代行を使った後に損害賠償を請求されても、請求された金額を直ちに支払う必要があるとは限りません。まず、請求書や裁判所の書類を保存し、退職日、欠勤、引き継ぎ、備品返却の状況を整理してください。
そのうえで、請求の根拠と金額を確認し、内容証明郵便や裁判所からの書類がある場合は、期限を過ぎる前に弁護士へ相談します。退職代行の利用自体ではなく、具体的な義務違反と会社の損害があるかが、対応を判断する中心になります。







